私は海外旅行が趣味で、「観光客」になっている時間が結構あります。
何年か前に書店で「観光客の哲学」という本を見かけて、
難しそうだけど読んでみたいなあ…。
と、ずっと思っていました。
東浩紀さんの「観光客の哲学」を読んだので、感想を書いてみます!
「観光客の哲学」ってどんな本?
「観光客の哲学」は、「ゲンロン0 観光客の哲学」となっていて、東浩紀さんが書く「ゲンロン」というシリーズ誌のひとつです。
「ゲンロン」はちょっとユニークな形態をした本で、思想系の硬い専門書にも見えますが、中には広告があって人文系の雑誌にも見えます。
この「書籍と雑誌のあいだ」という雰囲気は、外観だけではありません。
本に書かれた内容も、テーマ自体は非常に難解ですが、カッチリとした論文というよりは、話がフラッと寄り道するようなやわらかさがあります。
ナショナリズムとグローバリズムが同時に迫ってくる現代社会で、どちらにも飲み込まれずに生きていく道はあるのか…そんな難しい哲学を考えます。
「観光客の哲学」とは、「観光客」について深く哲学するというよりは、本書のテーマを考える上で「観光客」的な生き方を手がかりにする…そんな感じですね。
内容自体は難しく、一回読んだだけで理解できたとは思えませんが、一般的な思想専門書にくらべると、雑誌的な読みやすさはあると感じました。
偶然という面白さ
本の冒頭で、観光客はこのように定義されます。
特定の共同体にのみ属する「村人」でもなく、どの共同体にも属さない「旅人」でもなく、基本的には特定の共同体に属しつつ、ときおり別の共同体も訪れる「観光客」
単純に当てはめてしまうと、「村人」は特定の共同体のことだけを考えるナショナリズム、「旅人」は共同体を否定するグローバリズム、「観光客」はどちらの要素も持っている…ということになりますかね。
また本書の中では、「観光客」の偶然性についても触れられます。
観光は出張や、自分探しの旅などとは違い、必要に迫られて行う行為ではありません。
観光は、本来ならば行く必要がないはずの場所に、ふらりと気まぐれで行き、見る必要のないものを見、会う必要のない人に会う行為である。
私たちが生きている現代社会は格差社会だとよく言われますが、その格差をもたらしているもののひとつが、「優先的選択」であると本書では指摘されます。
「優先的選択」とは、ぶっちゃけていえば、人間は誰かや何かとつながろうとするとき、既に成功して富んでいるものに寄って行く傾向があり、その傾向が、さらに富んでいるものをますます富ませると。
たとえば私たちがレストランひとつ選ぶ時でも、ネットで口コミのよい人気店、既に儲かっているお店を選ぶ…そういったことの積み重ねですね。
こういった格差をもたらしている原因のひとつは、本書が指摘しているようにネットを武器にしたグローバリズムでしょう。
そこで、この格差社会への抵抗としてナショナリズムが台頭し(これは実感がありますね)、対するグローバリズムの側からも内部からの抵抗があり…。
作者さんは、ナショナリズム側からでもグローバリズム側からでもない第三の抵抗の道として、観光客の哲学を提唱します。
「優先的選択」は常に必然ですが(先ほどのレストランの例だと人気店が必然的に選ばれる)、必然ではない適当で偶然な選択を増やすことによって、少しでも抵抗につながらないか…と。
この抵抗が現実的に力を持てるかは別にして、この考え方は興味深いです。
要するに「もっと適当に生きようぜ!物事の選択を常に計算で決めてたらつまらないぜ!たまには適当に直感で決めてみてもいいぜ!」…ってことですよね?(間違っていたらごめんなさい)
観光はもっといい加減にしてもいいのかなあ…
ここで観光客がテーマになっているので、私自身が海外旅行をする場合を例に挙げますが、私は行き先の下調べをしっかり行って、行きたい場所や入りたいお店をきっちり決めて観光することが多いです。
もちろんその方が効率的だから…なのですが、旅先では時々ハプニングが起こり、そのことが旅行での一番の思い出になることもあります。
もちろんいい思い出になるとは限らないけど!
この本を読んで考えたのは、自分が観光客であるとき、もっと「ふまじめ」に観光してもいいのかなあ…ということです。
作者さんは「観光客の哲学」と名付け、ふらふらと適当に行動する観光客的な存在の可能性を考えていますが、実は観光客さえも既に、優先的選択ばかりするまじめすぎる存在になりつつあるような…(私みたいに)。
海外旅行は限られた時間と予算で行くため、なるべく失敗しないように下調べは必要ですが、下調べをやりすぎてしまうと、もしかしたら旅の面白みは少なくなってしまうのかもしれない…。
この本で強調されている「偶然性」「誤配」といったものについて、実際の観光客としての立場からも考えてみたいな~と思いました。
まとめ
「観光客の哲学」を読んだ感想でした!
内容が全部理解できたとは思いませんが、難しく感じたわりには最後まで興味深く読めました。
最後の章で出てきた「偶然の子どもたち」という概念も興味深かったなあ…。生殖医療技術の発達で、子どもたちはこれからどんどん偶然ではなくなっていってしまうのでは…。
本書で興味深かった「偶然性」は、最近読んだオーウェルの『1984年』に描かれたテーマにも通じるものがあると思いました。
難しい本は難しいですが、たまには頑張って読むと、世界がちょっと違う角度から見えてくる気がします。