中島みゆきさんの「F.O.」の歌詞について考えてみます。
「F.O.」ってどんな歌?
「F.O.」は中島みゆきさんが1986年に発表したオリジナルアルバム、「36.5℃」の3曲目に収録されている歌です。
1980年代中盤は中島みゆきファンにはよく知られている「御乱心の時代」で、「36.5℃」はちょうどその時期に発表されています。
個人的に「36.5℃」はそれほど好きではないアルバムで、あまり聴くことはありません。
といっても「御乱心の時代」のアルバムが好みでないわけではなく、「はじめまして」や「miss M.」は大好きです。
ですが「36.5℃」の中で、唯一好きな楽曲がこの「F.O.」。時々これを聴くためだけに「36.5℃」をクローゼットから引っ張り出します。
どんな曲なのかというと、アップテンポのマイナーコード曲。「36.5℃」はそんなタイプの曲が多く、9曲中7曲がマイナーで、そのうち5曲がアップテンポです。
「36.5℃」のマイナー楽曲は、あまり私には心地よく感じられないのですが、「F.O.」だけは不思議な爽快感があります。
中島みゆきさんの歌の中で私にとっては珍しく、歌詞というより曲が好きという一曲です。
「F.O.」の意味は?
「F.O」は、中島みゆきさんの楽曲にはしては珍しいタイトルです。
まず英語タイトルというのが珍しいですし、暗号っぽいアルファベット頭文字タイトルが意味深です。
とはいっても「F.O.」に謎はなく、歌詞の中に出てくる「フェイドアウト=fade out」の略であることは明確です。
もし謎があるとしたら、なぜ歌のタイトルをカタカナもしくは英語で「フェイドアウト」とせずに、「F.O.」という形にしたか…ですかね。
これは「F.O.」というアルファベットにすることで、何となく無機的な感じが出るので、歌い手の主人公男性の気持ち(=恋愛感情)が、いかに機械的で冷めたものになっているかを出しているのかなと思います。
「F.O.」が歌っているテーマは?
「F.O.」の歌詞に歌われているテーマは2つあると思います。
「F.O.」の歌詞を、この2つの観点を中心に読み解いていこうと思います。
歌い手はフェイドアウトで終わる恋を望む
「F.O.」は、最初から恋愛関係としては不穏な歌詞ではじまります。
どちらから別れるってこじれるのは
ごめんだな避けたいな いい子じゃないか
忙しくて用があって会えないから 愛情は変わらないが疎遠になる
自然に消えていく恋が二人のためにはいいんじゃないか
…スゴイっすね。「終わらせるのも面倒だから自然に二人の関係が終わってくれないかな…?」という、超絶冷めた歌詞です。
「忙しくて用があって会えない」「愛情は変わらない」と言ってますが、いやいや、これ言い訳に聞こえますね…と思うのは、私が女性だからなのかなあ。
ののしり合って終わるのは悲しいことだとわかっておくれ
僕の望みはフェイドアウト
君の望みはカットアウト
歌い手の男性は「フェイドアウト」=「自然に消えていく恋」を望んでいるけど、相手の女性は「カットアウト」=ののしり合ってもいいからしっかりサヨナラを言って恋を終わらせたい。
男性は「ののしり合って終わるのは悲しい」と言っているけど、本当に悲しいんでしょうかね?ただ、ののしり合うのが面倒なだけでは?
そういえば中島みゆきさんの歌には、男性が女性にサヨナラを言い出せないというストーリーはよく見られます。
ずるい人ね あなたからはサヨナラとはきり出せない
中島みゆき「未完成」より
あの人は私から降りるのを待ってる
サヨナラという札を最後まで出さずに
何となく終わるのを狙っている
中島みゆき「やばい恋」より
「フェイドアウトで恋を終わらせることを望む男」というのは、中島みゆきさんの中でひとつのテーマなのかもしれません。
歌い手男性にとっては軽い恋に冷めただけ
フェイドアウトを望む男性は、あるいはサヨナラを言う労力を使いたくないほど、相手の女性に冷めている…とも取れます。
「F.O.」の主人公男性も、相手の女性に冷めきっています。
こんどきっとtelするよ僕のほうから
じっと待ってばかりないで 遊ぶといいよ
コール三度目の暗号はなるべくとらない電話に変わった
「F.O.」が発売された1986年はスマホ、携帯電話、PC、ポケベルさえ普及していないので、恋人同士が連絡を取り合う手段は固定電話がほとんどです。
この歌詞からは、電話をなかなかかけてくれない男性に対する、女性側の不満が感じられます。
それに対し男性は「こんどきっとtelする」「待ってばかりないで遊ぶといい」…なんて言います。
すごい冷め方ですね。「遊ぶといい」…って、「他の男を探してくれ」というメッセージにも受け取れます。
「コール三度目の暗号」のくだりは時代を感じますね~。
固定電話の通話料は結構かかるので、コール三度で切れる電話は「愛してる」とか「おやすみ」とかの暗号で、相手が取る前に切ることで電話代がかからないようにしたのでしょう。
そんなラブラブな暗号だった電話だけど、今では冷めた相手と話すのも面倒だから「なるべく取らない電話」になってしまった。
好きになった順番は僕が二番目
燃えあがった君についひきずり込まれ
先に言ったわけじゃない愛の言葉 肝心なひとことは極力避けた
こんな二番の歌詞を見ると、そもそもなりそめからして、男性から始めた恋ではないんですね。
「肝心なひとこと」とは、「愛している」とか「結婚」とかでしょう。
この部分から考えても、最初から男性にとっては軽いお遊び程度の恋だったわけです。
軽い恋を軽く終わらせたい。「F.O.」の歌い手の気持ちを要約すると、こんなところでしょうね。
女にわからないロマンス…本能と社会ルールの乖離
こうやって読み解くと、「F.O.」の主人公男性は女性目線で見るとずいぶんヒドイ男です。
しかし男性目線で見ると、もしかしたら共感できる部分もあるのかもしれません。
男はロマンチスト 憧れを追いかける生き物
女は夢のないことばかり無理に言わせる魔物
女にはわからない永遠のロマンス
正論はちがいないが夢が足りない
「男には女のことはわからない」。同じように「女には男のことはわからない」。
夢の反対は現実なので、男は夢見がちなのに対し、女は現実的…ということでしょうかね。
男は「夢」「憧れ」「永遠のロマンス」を求めるけど、女は「現実」「正論」「安定した関係」を求める。
すべての男女がこうやって二元的に語れるわけではないですが、まあこういう傾向はあるかもしれません。
男も女も「かくあるべき」という語り方は現代はご法度ですが、生物的に(社会的にではなくて)果たす役割は男女で違いがあります。
恋愛とも結びつく生殖という部分で語ると、人間を含めて全ての生物には本能的な生殖の方法・形態があります。
ただ、人間は理性を持ち社会を形成したことで、本能的な生殖形態から離れ、生殖に関する部分は婚姻法などによって社会的なコントロールを受けることになった、と。
社会的には「永遠のロマンスを求める」ことは難しいです。
結婚してしまうとその後のディープな恋愛はアウトになってしまいますし(不倫は大バッシングされる)、だからといって男性の多くが結婚して家庭を作らずに永遠のロマンスを求めると、人類の繁殖は縮小されていく。
個人的には現代の先進国の少子化問題は、人間の生殖本能と社会的な婚姻ルールがマッチしていないことも一因なのではないかと思っています。
日本のみの話になりますが、「F.O.」が発売されてから半世紀近くが経ち、女性も「永遠のロマンスを求める」人が増えてきたのではないかという感じがします。
すごい脱線していますが何が言いたいのかというと、「F.O.」の歌詞は、今では「男」を「人間」、「女」を「社会」に言い換えた方がしっくりくるかなあ…と。
「人間はロマンチスト、憧れを追いかける生き物。社会は夢のないことばかり無理に言わせる魔物」。
…じゃあ、どうすればいいのかというと…すみません、わかりません!
ただ…これだけ多くの人間が不倫する時代に、不倫をバッシングしたら無くなるのかというとそんなことはなく、バッシングはあまり意味のないことだと個人的には思っています。
人間の価値観の変化に社会の古い仕組みが合わなくなっているのでは…根本的なことから考え始めてもよい頃なんじゃないかな…と。
「F.O.」はなぜカットアウトで終わるのか
めっちゃ脱線したので、話を「F.O.」の歌詞に戻します!
「F.O.」が面白いのは、歌のタイトルが「フェイドアウト」であるにもかかわらず、楽曲そのものは「カットアウト」の終わり方になっていることです。
これ…何なんでしょうねえ…。「フェイドアウト」という曲の終わり方にはこだわるはずなので、カットアウトで終わらているのは意図的だと思うんですよね。
僕が「フェイドアウト」を望み、君が「カットアウト」を望んだという歌詞から考えると、僕は結局「君」に合わせてスパッと別れた…とも取れます。
思い出したら十年後にいつでも会える関係がいいな
冷めた恋とは言っても、フェイドアウトで終わらせて、10年後くらいにまたちょっとのロマンスを帯びた関係として会える…男性側にそのくらいの愛情はあったようですけどね。
カットアウトで終わらせたとすると、10年後の再会はなくなるでしょう。
これを「残念だな」と思うか「都合よくいくと思うなよ」と思うかは人によるでしょうね。
それにしても「F.O.」は男性のシンガーソングライターが歌ったら、女性から非難されそうな歌ですよね。
中島みゆきさんが歌っているから許されるという感じはありますね。
まとめ
中島みゆきさんの「F.O.」の歌詞についての考察でした。
ちょっと脱線しすぎました。が、中島みゆきさんの珍しい男性目線の歌なので、他の歌にはあまり描かれない心理も多く、斬新で面白かったです!