中島みゆきさんの楽曲「ノスタルジア」の歌詞について考えてみます!
「ノスタルジア」はどんな楽曲?
「ノスタルジア」は、中島みゆきさんが1985年に発表した「miss M.」というアルバムの9曲目、後ろから2番目に収録されている楽曲です。
明るく力強い曲調で、このメロディが私は大好きです。
歌詞は「ノスタルジア」というタイトル通り、昔に思いを馳せる女性が主人公となっています。
中島みゆきさんのこういったテーマの楽曲にしては、歌詞は明るく前向き…なのですが、どこまで本当なのかわからない難しさがあります。
そんなわけで、「『ノスタルジア』に描かれている歌詞は言葉通り受け取っていいのか?」という部分にも焦点を当てながら、歌詞を考察していきます。
「ノスタルジア」の主人公はどんな境遇?
まず「ノスタルジア」の歌い手の主人公がどんな境遇にいるか…ですが、1~3番すべての最後を締めくくる歌詞である
何処まで1人旅
…という描写から、独り身の女性であることが推察されます。
また、1番の歌詞に出てくる「皮の鞄のケースワーカー」「埃まみれの質屋」という表現から、この女性が経済的に困窮していることも伺えます。
歌い出しの歌詞はこうなっています。
いい人にだけめぐり会ったわ 騙されたことがない
いい男いい別れ そしてついにこのザマね
…うーん、これ…「騙されたことがない」は、ウソっぽいですよね。
「いい男」はダメンズで、「いい別れ」は「捨てられた」…男性にだまされて、お金もなくなって、利用価値がなくなったら捨てられた…そういう風に見えます。
もう既に1番から、歌詞をそのまま受け取ってはいけないような空気が漂っている…。
2番の歌詞は前向き…なのか?
2番の歌詞は、パッと見では前向きに感じられます。
泣いてないわ悔やまないわ もう1杯お酒頂戴
嘆かないわ愚痴らないわ もう1本タバコ頂戴
男性にだまされてお金もなくなったけど、過去のことで悲嘆したりしない。
でもお酒かタバコが必要…うむ…明るく振る舞っているのは、無理している感がありますね。
ちょっと難しいのは、続く歌詞の解釈です。
次のバスから降りて来る人 もう1人待たせてね
泥のしずくを流すワイパー もう1人待たせてね
この「待ち人」は、過去の恋人なのか、それとも新しい出会いなのか。
「新しい出会いをもう1人だけ待っている」であれば、前向きな歌詞ですが、「過去の恋人が現れないかワンチャン待っている」だと、過去にとらわれていますよね。
「ノスタルジア」の歌詞全体や、タイトル自体が「ノスタルジア」であることを考えると、「過去の恋人を待っている」説の方が有力かな、と思います。
過去の恋人が偶然にも目の前に現れて…
ノスタルジア ノスタルジア 抱きしめてほしいのに
ノスタルジア ノスタルジア 思い出に帰れない
「抱きしめてほしい」けど、終わった恋は帰ってこない。
泣いたり愚痴ったりしないで明るく今を生きているけど、昔の恋人を待ち続けている自分がいる。
昔への想い(=ノスタルジア)を振り切らない限り、1人旅は終わらないのに…と言いたくなりますね。
「過ぎた日々に弁護士」ってどういう意味?
3番の歌詞は面白いです。
傷ついてもつまずいても過ぎ去れば物語
人は誰も過ぎた日々に弁護士をつけたがる
裁かないでね叱らないでね思い出は物語
私どんな人のことも天使だったと言うわ
過去の日々は「傷ついて」「つまずいて」という、つらい時間だったのですが、終わってしまえば「物語」。
この「物語」という言葉がどういう意味で使われているか…ですが、おそらくフィクションという意味で使われているのではないか、と。
過去のつらい思い出は自分の中で脚色されてフィクション=「物語」になる、ということではないでしょうか。
過去を脚色すること…傷ついてつまづいた日々でも、「そんなに悪くなかったのでは?」と補正していく心の動きのことを、「弁護士」と表現しているのが面白いですね。
「思い出」は、誰が悪かったと裁くものではなく、自分が悪かったと叱るものでもない。
ちなみに、思い出の補正・脚色というテーマは、「トーキョー迷子」の歌詞にも登場します。
「思い出は物語」は救いか呪いか…
さて、ノスタルジアに描かれる「思い出は物語」という考え方は、人生を救うものになるのでしょうか?
過去の出来事は「良い思い出」として、自分の中で補正・脚色してしまう。
「どんな人のことも天使だったと言う」…「赦し」という観点では、このような方向性が自分の心を癒すこともあるかもしれません。
しかし、「ノスタルジア」という歌に前提されているストーリー(≒好きな男性にだまされて捨てられる)を考えると、「天使」はおそらく言い過ぎです。
好きだった男性のことを、細かい疑念は捨てて、とにかく「天使」だったと言ってしまうのは、ちょっとお人好しすぎるというか、舐められてしまう気がしますね。
「ノスタルジア」の主人公女性は、人の好さにつけこまれてしまっているのではないか?と感じます。
結局のところ、過去のつらい出来事を「良い思い出」に転換し、昔を懐かしむことで、主人公女性は新しい道へと踏み出せずにいます。
過去の人々や自分自身を裁いて叱って、「良い思い出」の鎖から抜け出さない限り彼女の人生は好転しないのではないか…。
「ノスタルジア」という歌のタイトルは、明るい曲調とは裏腹に、あまりよい意味では使われていない…というのが結論です。
まとめ
まとめます!
「ノスタルジア」は一見明るく前向きな歌詞が続くが、これは主人公女性が思い出を脚色・補正しているため。過去を良いものとして肯定しすぎることで、彼女は新しい恋や人生に踏み出せずにいる。
…まとめちゃうと、何だか整理整頓されてしまうのですが、実は「ノスタルジア」はそれほどシンプルな歌でもないと思っています。
「過去を良いものと思い込むこと」は人生を好転させないかもしれないけど、その一方で、過去を責めない主人公女性の姿はいじらしく、不思議な好感を抱いてしまいます。
「ノスタルジア」には、「過去を引きずるな」というメッセージは含まれていなくて、過去に囚われる人間のせつない姿をあたたかく描いている…そんな気がします。
私どんな人のことも天使だったと言うわ
たぶん、彼女が出会った人たちが天使なのではなく、彼女にどこか天使的な要素があるのでしょう。
この女性は人生の荒波を越えていくには甘すぎるし、つけこまれても仕方がない部分がありますが、この曲の明るく大らかな雰囲気と合わせて、やさしすぎて失敗する人を私は嫌いにはなれないな…と思うのです。