2019年に本屋大賞を受賞した大ベストセラー小説「そして、バトンは渡された」を読みました。
最初に断っておきますが…すみません、これほどの人気作品なのですが、私とは全然合わず、肯定的な感想は持てませんでした。
知人にこの本の大ファンがいますし、評価は高い作品です。「私に合わなかった」ということなんですね。
よい感想がないので、ブックレビューを書くのはやめようかなと思ったのですが、この本の何がダメだったのか、自分の価値観を確認してみようと思います。
まずはネタバレなしのザックリとしたあらすじと感想
「そして、バトンは渡された」は、「父が3人母が2人。苗字が4回変わったけど幸せな女の子」を描いた作品として知られています。
設定から考えても「家族とは何か?」「幸せとは何か?」といったあたりが、作品のふんわりとしたテーマだといえるでしょう。
しかしこういったテーマはふんわりとしていて、作品中で触れられることはあっても、具体的でカッチリといた結論を追い求めるわけではありません。
このふんわり感が、この作品を読みやすくしているのかなと思います。ふんわりしていて重苦しくない作品です。
ただし、ネタバレなしのザックリとした感想を率直に言うと、私はこの物語を全然楽しめませんでした。
「途中で読みやめようか」と何度も思ったのですが、「最後に感動的な物語のタネ明かしがある」と聞いていたので、ガマンして最後まで読みました。
…が、タネ明かしは予想通りでしたし、残念ながら感動もできませんでした。
こんな否定的なレビューを読むと、
読むのやめようかな?
と思うかもしれませんが、評価は高い作品で、私のように否定的な感想を持つ可能性の方が低いかもしれません。
私の読書の好みを考えると、次のようなタイプの読者にはこの本が合わない可能性があります。
「ノルウェイの森」に出てくる直子とか緑がダメな人は、「そして、バトンは渡された」の登場人物が好きになれないんじゃないかという気がします。明確な共通点があるわけではなく、何となくですが…。
親が「子を通じてもう一つの人生を生きる」ことへの違和感
さて、ここからは物語の内容に触れる感想になります。
この物語が私と相容れなかった理由はいくつかありますが、そのひとつが、「親が子の人生を通してもう一つの人生を生きる」という考え方が本書の中に出てくることです。
まずは血のつながっていないお母さん・梨花のセリフ。
優子ちゃんと一緒にいると、とっくの昔に過ぎ去ったはずの、八歳の生活をもう一回体験できるんだもん。
もうひとつ別の場面は、血のつながっていないお父さん・森宮さんが、梨花のセリフを引用、同意する形で口にするセリフ。
親になるって、未来が二倍以上になることだよって。明日が二つにできるなんて、すごいと思わない?
梨花も森宮さんも、物語を通して肯定的に描かれる人物なので、このセリフは肯定的な響きを帯びています。
私はこの考えにはまったく同意できません。
親だろうが子どもだろうが、自分の人生は自分の人生。他者の人生は他者の人生。
もちろん人生には他者と助け合って分かり合って生きていく側面がありますが、他者の人生を尊重―どれほど親しくてもこれ以上は踏み込めない領域を尊重するという意味で―するのが大前提だと思うんですよね。
この物語では、梨花も森宮さんも優子と血がつながっていないためか、このような価値観で子育てをしても、優子の人生に過干渉してきません。
ですが実際の血縁がある親子では、このようなタイプの親が子どもの人生の主導権を取り上げることはよくあります。
愛があればOKなのか?
さて、私は他者の人生を自分のもののように考えることを否定しましたが、「他者の人生が自分のものみたいに思えるのは相手を愛しているからだ」という考えの方もいることでしょう。
「好きの反対は嫌いではなく無関心」などと言われるように、相手の人生への関心・干渉の根っこには愛があると。
しかし関心はともかく、干渉までいくと、その愛は…本当の意味での愛だろうか?と感じます。
ここでもうひとつ。私がこの物語と相容れない大きなポイントが、梨花が優子の実父の手紙を隠していた件です。
梨花は優子を失いたくないあまり、優子の実父が海外から送ってきた手紙を隠してしまいます。
子どもの優子が海外にいる実父と手紙のやり取りをするには、大人である梨花の力を借りるしかないため、梨花が実父の手紙を隠したせいで、優子は「お父さんからは一通も返事がこなかった」と勘違いしてしまいます。
…これは、弱者である子どもをだまして実父と連絡を取る権利を奪う…人権侵害ですね。
他者の人生の妨害は、愛が理由でさえあれば美しい物語になりえるでしょうか?
私には美しい物語には思えません。むしろこのエピソードが美しいものとして描かれている物語の雰囲気を、少し怖いと感じます。
西洋思想では古くから愛には種類があると言われ、代表的なものとして自己愛の延長であるエロースと、見返りを求めない無償の愛アガペーがあります。
梨花が手紙を隠したのは、「自分が優子と一緒にいたい」というエロースの愛ゆえです。
エロースとしての愛は、過度に賞賛される必要もない人間の本能に近いものと思っています(その点で否定する必要もないけど)。
エロースとしての愛が他者に害を与えるエピソードを「美しい愛の物語」と捉えることが、フィクションを通じて人々の心に広く浸透することは怖い…考えすぎかもしれませんけどね。
まとめ
…というわけで、ベストセラーにもかかわらず、「そして、バトンは渡された」にはよい感想を持つことができませんでした。
ここで触れた箇所以外にも、私の価値観とは相反する記述があちこちにありました。
ですが、自分とは違う価値観に触れることは、視野を狭めないためにも大事なことだと思っています。
この本が面白かったという感想を持つ人もかなり多く、自分とは違う価値観の人がたくさんいるという当たり前のことを再確認したという点では、読んでよかったと思っています。