中島みゆきさんの楽曲「忘れてはいけない」の歌詞について考えてみます!
「忘れてはいけない」どんな歌?
「忘れてはいけない」は、中島みゆきさんが1985年に発売した「miss M.」の7曲目に収録されている歌です。
「忘れてはいけない」は「月の赤ん坊」と「ショウ・タイム」という個性的な楽曲に挟まれていますが、「忘れてはいけない」自体も存在感のある一曲です。
「miss. M」はマイナーコードの曲が多いですが、「忘れてはいけない」はメジャーコードの明るく元気な曲。
ですが、その楽しげなメロディに乗っかっている歌詞は、結構ヘビーです。
「忘れてはいけない」の大きなテーマは?
「忘れてはいけない」の歌詞に描かれているテーマは、中島みゆき作品の中ではわかりやすいです。
ズバリ、社会的弱者に対するメッセージ…でしょう。
「ファイト」「命の別名」「瞬きもせず」に連なる系譜ですね。
ただ「忘れてはいけない」は、「ファイト」のように弱者に対する応援歌とまではいかないですね。
「忘れてはいけない」はサビの歌詞の繰り返しが多く、歌詞の分量が少ないので、全歌詞を読み解いてみます。
「車輪の音」は弱者への抑圧を象徴
まずは1番のAメロ。
許さないと叫ぶ野良犬の声を
踏み砕いて走る車輪の音がする
認めないと叫ぶ少女の声は細い
いなかったも同じ少女の声は細い
冒頭からヘビーですね!曲調はめっちゃ明るいのですが。
「野良犬」「少女」が象徴するものは、社会的弱者…この世界において立場の弱い人たちのことでしょう。
この世界では立場の弱い人たちの声…考え、訴え、願いが聞き届けられない。
そんな声を「踏み砕いて走る車輪の音がする」…というわけです。
この表現はスゴイですよね。弱い立場の者を「踏み砕く」=強引に叩きつぶす上に、その轟音によって弱者の声もかき消してしまうのです。
では「車輪」は何を象徴しているかというと…何らかの権力でしょうね。天安門事件の戦車を思い起こさせます。
社会的立場が弱い人の意見は権力によって抑え込まれる…これが1番のAメロの内容です。
弱者の声は言語によっても封じ込められる
Aメロの後にはサビが続きますが、サビは1、2番共通の歌詞なので、先に2番のAメロを見てみます。
冒頭は、こう始まります。
泥だらけのクエッションマーク 心の中にひとつ
なまぬるい指でなだめられて消える
2番の表現は、1番よりはソフトです。
心の中には「泥だらけのクエッションマーク」=立場が下の者が抱く疑問がある。
しかしその疑問は、「なまぬるい指でなだめられて」=力ずくではないのだけど、反論できない巧みな説得によって消されてしまいます。
1番が暴力的な弾圧だとすると、2番は言葉・論理による弾圧ですね。
弱者側の教育水準が低いことが原因で、論じ合っても勝てないという背景が含まれそうです。
戦わなくなった人々
2番のAメロは、さらにこのように続きます。
争わないように嫌われないように
歌う歌はキャンディソングだけどだけどだけど
この楽曲が発表されたのは1985年。
1960年代までさかんだった、学生運動、デモなどの社会運動は、完全に下火になっている頃です。
弱者は、納得がいかないことを押しつけられても、抗議しなくなりました。
「争わない」「嫌われない」ために、小難しく社会問題を扱った話はしません。
「キャンディソング」=耳障りがよくて楽しい話題ばかりを語るようになります。
心の中にある不満は、口に出さずにガマンする…現代日本人にある程度共通する国民性は、このころからずっと続いているように思いますね。
社会運動をしていた世代と、それ以降の世代の、価値観の断絶に通じるものがあります。
中島みゆきさんの「ローリング」の歌詞は、そのテーマを扱っていますね。
ふと気づくのは、1番にはかき消されながらも声を上げていた「野良犬」「少女」が登場しますが、2番には声を上げる存在がいないということです。
この流れは、声を上げて戦っていた弱者が抑圧され(1番のAメロ)、次第に抗議することを諦めていく(2番のAメロ)というふうに捉えられそうです。
「忘れてはいけないこと」とは何か?3つの説
「忘れてはいけない」は、抑圧される弱者を描いたソングであることは間違いないでしょう。
歌詞のテーマを特定することは、それほど難しくありません。
ですが、非常に難しいのがサビの歌詞の解釈です。
忘れてはいけないことが必ずある
口に出すことができない人生でも
何度も繰り返されるフレーズです。
何が難しいかって、「忘れてはいけないこと」とは何なのか。
私は、3通りの解釈ができると考えています。
説1:忘れてはいけないこと=弱者の声
まず真っ先に思いつくのは、「弱者の声があることを忘れてはいけない」という解釈です。
そうすると、「口に出すことができない人生でも」は、「忘れてはいけない」という述語の目的語と捉えることになります。
言い換えると、「抗議を口に出すことができない人もいる。そんな人たちを無視してはいけない」という意味。
こう解釈すると、この楽曲は弱者ではなく、弱者を抑圧する側の人たちに呼びかけているソング…ということになります。
説2:忘れてはいけないこと=抗議すること
次に思いつくのは、「抗議の声を上げるエネルギーを忘れてはいけない」という解釈。
「争わない」時代に合わせて、人々は不満があっても声を上げなくなっていますが、それはダメだよ、と。
争いたくなくても、嫌われたくなくても、何度も抑圧・弾圧されても、「許さない」「認めない」という声を上げ続けなくてはいけない、と。
この解釈を採用すると、この楽曲は説1とは違って、弱者に向けたメッセージとして響きます。
「口に出すことができない人生でも」というフレーズは、「今は抗議を言葉にすることができない時代だけど」という感じの意味になります。
説3:忘れてはいけないこと=どんな人生でも道を踏み外さないこと
こんな風に聴こえなくもない…という3番目の説は、「どんな人生を送っていても、人としての生き方を忘れてはいけない」という解釈。
口に出すことができないくらい過酷な人生でも、人間としての道を踏み外してはいけない。
「許さない」「認めない」という声が踏みにじられても、いつも言い負かされて抗議することを諦めてしまっても、それでも「忘れてはいけない」のは、人としての生き方。
世界を憎みたくなるような境遇でも、そこだけは超えてはいけないラインがある。
そのラインとは、犯罪のことではないかな…と思います。
この解釈だと、この歌は弱者に対する痛切なメッセージとして響きます。
3つの説はどれが一番しっくりくる?
まとめてみます!
説1だとこのメッセージは弱者を抑圧する側に向けたメッセージ、説2、3は弱者に向けたメッセージ、となります。
どの説が正しいか…ですが、これ、全部ひっくるめて「忘れてはいけない」と言っているという解釈はどうでしょうか。
弱者でない側は、弱者の声を忘れてはいけない。黙殺してはいけない。
弱者は声を上げることを忘れてはいけない。だがその際、人としての道を踏み外さないようにしなければならない。
この世界では、お互いに慮ることを忘れてはいけない…弱者だろうがそうでなかろうが関係なく、すべての人々に向けたメッセージだと解釈していいのではないか、と思います。
まとめ
「忘れてはいけない」の歌詞について、現段階での考えをまとめました。
弱者は暴力的・言論的に抑圧されるうちに抗議しなくなってしまった。だがこの世界において弱者の存在を無視してはいけないし、弱者はルールを守りながら声を上げ続けなければならない。
…まとめてしまうと何だかアッサリですが、聴いているとやっぱり深みのある曲だなあと思います。
力強い曲調を考えると、応援ソングとまではいかなくても、少々のメッセージ性は含んだ歌だと言えるでしょう。