「どろろ」のアニメ化で、古い「どろろ」の漫画文庫を引っ張り出してしまったせいで、昔読んだ手塚作品がたくさん目に入ってしまい、いろいろ読み直しています。
今日は、手塚治虫の後味悪い作品No.1とも言われる、「MW(ムウ)」を読み終わりました。
「MW(ムウ)」ってどんなあらすじなの?
「MW」は、いろいろなテーマが複雑に絡み合ったストーリーになっていて、明らかに大人向けの漫画です。
一言で説明するのは難しいのですが…がんばってあらすじを要約すると、
…こんな感じです。ハイ、かなり陰湿で暗い物語です。
ただし、さすが手塚治虫、グイグイと先を読ませる力がある物語で、厭な気持ちになりながらも、考えさせられる深みもあり、どんどん読み進めてしまいます。
主人公の一人、結城美智夫はかなり残虐なキャラクターで、残酷な場面の描写もあります。進撃の巨人とかハンターほどではありませんが、苦手な人はあまり読まない方がいいかも…。
「MW」という殺人兵器毒ガスをめぐる物語
「MW」はいろいろなテーマが複雑に織り込まれた物語ですが、タイトルにもなっている殺人兵器の毒ガスMW(ムウ)が話の中心となっています。
もちろんこれはフィクションですが、MWはもともと20世紀後半、アメリカが戦争に使うために開発した毒ガス、という設定です。
非人道的な戦争が批判されるようになった風潮を受けて、結局MWを使わないまま戦争が終結したため、日本の離島の軍地基地に保管されたが、事故が起きてしまったと。
MWによる事故が起きた島の生き残りは二人で、一人がサイコパス化した結城美智夫で、もう一人は島で見た地獄の風景から救われたくて、神父となった賀来。
結城はMWを手に入れたいともくろみ、賀来はそれを阻止しようとします。
その中で賀来は、十字架を見つめながら、おそらく神に向かって問いかけます。
なぜ人間にこのようなもの[=無差別殺人兵器であるMWのこと]を許されるのです…なぜ自滅せよとおっしゃるのですか……
もちろん、遠藤周作の「沈黙」と同じように、答えは返ってきません。
私たち人類が、自分たちで向き合わなければならない問題ということなのでしょうね。
男と女という二項対立を乗り越える物語
「MW」に描かれるテーマとして、もう一つ大きな「男性・女性という性の二項対立」というものがあります。
「MW」というタイトルには、Man(男性)とWoman(女性)の頭文字が隠されているというのが、手塚治虫ファンにはよく知られています
結城美智夫は歌舞伎役者の女形を兄に持つ、中世的な魅力を持つ美男子で、悪事を遂行しやすくするために、女性・男性問わず、どんどん誘惑します。
そんな結城に男性と交わることを教えたのは、賀来神父。
結城と賀来神父は、単純な恋人同士というわけではなく、お互いをいたわっていたり、憎んでいたりと、実に複雑な関係です。ちなみに女性の恋人を持つ女性の登場人物も、ちらっと登場します。
手塚治虫が描きたかったのは、男と女、男と男、女と女といった単純に図式化できる関係ではなく、そういったものを超えた何かだったのかなあ…とも思います。
結城美智夫は絶対悪かという物語
さて、サイコパスという言葉がよく知られるようになった現在では、結城はまちがいなく、サイコパス系のキャラクターということになります。
悪事を冒しても良心の呵責がなく、簡単に嘘をつき、相手の痛みに思いを馳せることもなく、しかもよくモテる…
結城は、毒ガスMWに脳や神経を冒された結果、悪魔のような人格になってしまったという設定です。
賀来神父は結城の悪事を知っていますが、「人間を裁くのは人間ではない(神である)」という立場の神父であるため、警察に結城を突き出すことができません。
「犯罪に目をつぶるのは下劣」だと主張する目黒警部とのやりとりは、「MW」の名場面のひとつですね。
結城は、MWに冒された自分の身体がそう長くは持たないことを悟っています。
そこで、自分が死ぬときに、世界の歴史をMWによって終わらせてやろうと企んでいるのです。
僕が死んでしまえばこの地球なんざ用がないよ。だから全人類に僕につきあって死んでもらうんだ。
何とも幼稚な思想です。
ですが
私に結城を悪魔よわばりするだけの資格はあるだろうか…
とも考えてしまいます。
「自分がこの世を去った後の世界」を思いやることができる人間は、果たしてどれだけいるでしょうか。
資本主義世界の暗部である環境問題は、「とりあえず自分が生きている間だけ資源が持てばよい」という、個々の人間のエゴが根底にあるでしょう。
結城を批判する前に、まずは自分が、未来の人類にまで思いを馳せられるよう、人格を磨かなければならないだろうな…そんなことを考えました。
ちなみに良心をほとんど持ち合わせていない結城ですが、唯一、賀来が死ぬ場面で、本気だと思われる涙を流します。
後味の悪いこの物語で、唯一救いを感じるのが、この場面ですね。
わずか一コマで後味が悪くなる「MW」
さて。事前に「後味が悪い漫画」と知って「MW」を読み進めていくと、ほとんどページ数がなくなった時に「えー、別に後味悪くならなそうだけど…」と思うのではないでしょうか。
しかし、たった一コマ。
そう、最後に描かれる人物の表情一つで、「MW」はどんでん返しと言いますか、スッキリ終わらない漫画に変貌するのです。
たった一コマで漫画全体の感想を変えてしまう…手塚治虫のスゴイ才能ですよね。
この「最後の最後に一コマでどんでん返し」は、浦沢直樹の「モンスター」に受け継がれたんじゃないかな?とひそかに思っております。
まとめ
というわけで、「MW」の感想でした。
内容が濃いので、ついつい感想も長くなってしまいました。
「MW」は読後感がよくないですし、楽しいストーリーではないため、誰にでもおすすめするという漫画ではありません。
ですが「一筋縄ではいかない物語を読みたい!」という人は、ぜひ挑戦してみてください。