書店に行くとよく積んであって、ロングヒットのベストセラーとなっている本が、辻村深月さんの「傲慢と善良」。
辻村深月さんの本は何冊か読んだことがありますが、自分に合っている感じがあり、「傲慢と善良」も読んでみたいとつねづね思っておりました。
ようやく時間ができて読破したので、感想を書いてみます!
「傲慢と善良」はどんな本?ネタバレなしであらすじ紹介
「傲慢と善良」は、背表紙のあらすじ紹介には「恋愛ミステリ」と書かれています。
恋愛ミステリ?
…と言われても、ピンとこないですよね。
ぶっちゃけ、ミステリ要素はそんなに強くありません。恋愛小説、婚活小説という感じです。
失踪した婚約者を探す男性が、婚約者を探すために婚約者の本質と向き合い、それを通じて自分の本質とも向き合い、失踪の真相に迫っていく…というストーリーです。
謎解き、ミステリー、劇的な物語展開というより、相手と自分、そして人間の、主に恋愛の場での人に言えない心理について鋭く考察しています。
「傲慢と善良」のネタバレなしのザックリとした感想
「傲慢と善良」のネタバレなしの感想は…面白かったです!ロングで売れる理由がよくわかりました。
ミステリー要素がそれほど強くはないので、実は前半は少しだけ「辻村深月さんの作品にしては物足りないかな?」と思いながら読んでいました。
また、「善良」と「傲慢」というワードが頻繁に登場するのも、少しクドイかなという気もしていました。
しかし…中盤以降から、だんだん物語…というか、辻村深月節とでもいいますか、あまりにも鋭い恋愛や婚活に対する心理描写に心がざわついてきちゃいました。
それほど恋愛体質でない独身の私でさえそうだったので、既婚者の方はもっと心を揺さぶられるのではないかと思います。
主人公男女の心の中を追いながら、時々この男女を「自業自得じゃない?」と思いながら、「でも自分も人のこと言えないかもしれない…」と内省し、気が付くと猛省してしまっている自分がいる…という不思議な本でした!
そして、基本的には恋愛における人間の本質について容赦のない描写をしているのですが、その本質は、恋愛だけでなく人生全般においても言えることかもしれない…と思いました。
うん、この本はただの恋愛小説ではないです。人間の心理、もしくは真理小説です。自分を知るための本ですね。
そう考えると、哲学とかが好きな人にはぜひおすすめしたいです。
逆にストーリー性の強い本が好きな方は退屈する可能性があるかもしれません…が、個人的にはすべての人に読むことをおすすめしたい本ですね~。
ネタバレなしの記事はここまでです。この先は「傲慢と善良」のネタバレを含むので注意してください!
結婚相手を探す際の「傲慢」と「善良」とは?
タイトルの「傲慢と善良」は、主人公カップルの女性の方・真実に、群馬でお見合い相手を紹介した結婚相談所の女性・小野里のセリフから採られています。
現代の結婚がうまくいかない理由は、『傲慢さと善良さ』にあるような気がするんです。
これは、イギリスの小説「高慢と偏見」になぞらえたセリフです。「高慢と偏見」は身分差がある時代に、身分にまつわるプライドや偏見で結婚ができない男女を描いた作品です。
ちなみに「高慢と偏見」読んだことあります…が、あまり印象に残らない小説だったな…。時代が違うせいでしっくりこなかったのかも。
小野里いわく、小野里の結婚相談所にやってくる現代の日本の若者たちは、傲慢かつ善良だと。
皆さん、謙虚だし、自己評価が低い一方で、自己愛の方はとても強いんです。傷つきたくない、変わりたくない。
そして、若者たちは相手が「ピンとこない」ならば、結婚しない。小野里は、この「ピンとこない」について語ります。
その人が無意識に自分はいくら、何点とつけた点数に見合う相手が来なければ、人は、‶ピンとこない”と言います。―私の価値はこんなに低くない。もっと高い相手でなければ、私の値段とは釣り合わない。
皆さん、自分につけていらっしゃる値段は相当お高いですよ。ピンとくる、こないの感覚は、相手を鏡のようにして見る、皆さん自身の自己評価額なんです。
…キッツい意見ですねえ…。個人的にはこんな女性がやってる結婚相談所には行きたくないですね(笑)。
でもその一方で、この小野里のセリフに少しでも身をつまされる思いをしない人は少ないのではないかと思います。
私は独身ですが、絶対に結婚したくないと思っているというよりは、単に結婚願望が低いため、「相当ピンとくる人と出会わない限りは独身でいいかな」と思っています。
で、まだ出会っていないから独身なのですが、小野里に言わせれば、私の中の傲慢な部分が「ピンとくる人と出会う感覚」を妨げている…ということになります。
「ピンとくる」は「自分に釣り合った相手」というだけではないという気もしますが、それでも小野里の意見は一理はあると思います。
自己愛が結婚を妨げる。結婚とは愛する他者とのコミュニティ(=家族)を形成していく作業ですから、一理も二理もある気がしますね。
この自己愛は「自由を愛する価値観」という部分もあると思いますが、自己愛・自由が孤独と結びつくというのは、非常に納得できます。自由=孤独を愛する生き方は全然アリだと思いますけどね。
善良なる傲慢は現代日本人の病?
少し話が脱線しますが、この「傲慢と善良」は、恋愛や婚活の場面だけでなく、現代日本のあらゆるシーン、特にSNSなどを覆っているように感じます。
SNS上の言説は「傲慢と善良」にあふれている。…そう感じることはありませんか?
たとえば有名人が不倫などをすると、SNSではバッシングの嵐が吹き荒れます。
皆、善良なのです。「やってはいけないこと」をやる人が許せないのです。
その一方で、SNSで誰かを叩いている人々は、相手を批判できるほどの立派さを持ち合わせているのか?と感じます。
私は無宗教ですが、聖書のエピソードでこれだけは共感できるというものがあります。
それは、姦通した女性に石を投げている人々を見て、イエスが「あなた方の中で罪を犯したことのない者だけが石を投げなさい」と言う場面です。
「不倫をしたことがあるか?」というアンケートでは、調査によって差はありますが、2~3割程度の人が「ある」と答えます(検索するといろいろ出てきます)。
不倫は「いけないこと」ではありますが、人が陥りがちな過ちです。三分の一くらいの確率で、自分だってやってしまうかもしれないのです。
なのに現代人は傲慢にも「自分はそんな過ちは犯さない」とばかりに、上から相手を叩きます。
この善良なる傲慢というのは、現代人にはとても心地よいポイントなんだろうなあ…。
そう、この私だって現代人なのだから、「善良なる傲慢」に浸る可能性だってある。本当に気をつけたい。ああ、マジでいい小説を読んだなあ…としみじみ思います。
物語の面白さは登場人物のリアルさが刺さること
さて「傲慢と善良」が面白い小説である理由の一つが、登場人物のリアルさです。
この「リアルさ」は、言い換えれば、すべての人物が「他者」として描かれていることですね。
時々、日本の女性作家の小説には、「他者」でない人物がたくさん登場してうんざりすることがあります。
どういうことかというと、「完全な悪者」が出てくること。「主人公に嫌がらせをするだけの存在」という、人格が乏しくストーリーのための道具みたいな登場人物。
しかし「傲慢と善良」には、そんな嫌がらせマシーンみたいな人物は出てきません。
もちろんストーリー上は、美奈子とか真実の母親とかは悪役に当たるのでしょう。
ですが、美奈子が真実に対してイラつく理由は共感はしなくても、それが美奈子の考え方だという理解はできます。
真実の母親が真実を苦しめるのも、母親にも彼女の人生があって、その結果こうなってしまったということは理解できます。
狭い世界で生きていて、過干渉で「自分の物語」が強い母親…。その物語は自分に都合よくどんどん解釈が変わり、他者や他の家族にも物語があることには無頓着…。田舎育ちの私には痛いくらいよくわかる女性像です…。
その一方で、主人公サイドの真実や架のイヤな部分もしっかりねっとりと描かれていて、誰が正しくて誰が悪いという小説ではありません。
誰が正義で誰が悪役ということもなく、みんながそれぞれの人生を生きていてそれがぶつかっているだけという、現実世界をそのまま描いています。
まあ、女性の登場人物の方が男性よりも、深層の部分まで赤裸々に描かれていますけどね。辻村さんが女性なので、女性を描写する方がうまいのは当然なのでしょう。
エピローグがなければ最高だったのに…
さて「傲慢と善良」に、傲慢にもレビュー点を100点満点でつけるなら、95点です。
このマイナス5点分は何かというと、ラストが惜しい気がする…のです。
ラスト…あのエピローグがなければ、本当に面白い作品だったのに…と思っています。
どういうことかというと、エピローグがなければ真実と架は結婚したとも結婚しなかったとも想像できるんですよね。
結婚式場のキャンセルは、単なる式場のキャンセルなのか、結婚自体のキャンセルなのか、ここを読者の考えにゆだねる…という終わり方だったら最高に面白かったと思います。
まあ、こういった部分で思わせぶりな謎かけをせず、伏線を回収するのが辻村深月さん作品のサッパリした良さだとも思いますが、個人的には、ココ、妄想したかったなあ…。
まとめ
辻村深月さんの「傲慢と善良」の感想でした!
辻村深月さんの作品は肌に合うことが多いですが、その中でも特に印象に残る一冊となりました。
私はあまり善良さは持ち合わせていないという自己分析なのですが、傲慢さの方は…うん、あると思います。
この傲慢さと向き合うための強さと、本当の意味での謙虚さを身につけられるよう成長したいぜ!大人になっても人間は成長できるはずだぜ!
…という風に、やっぱり辻村深月さんの作品を読むと、不思議に最後は前向きになれちゃうんですよね。
これだけねっとりとした内容で、読者を前向きにできるなんて、スゴイ筆力だと感服します…。