よしながふみさんの、男女が逆転した「大奥」をゆっくり読み進めています。
五代将軍綱吉の時代の物語を読み終わりました。
三代将軍家光の物語から五代将軍綱吉の物語まで、時代をまたぐ形で登場するのが、三代家光の側室(=夫の一人)で五大綱吉の父である桂昌院です。
桂昌院は史実としての歴史では、「五大将軍綱吉の愚策を招いた母親」として悪く語られることも多い人物です。
よしながふみの男女逆転大奥では桂昌院は毒親として描かれるのか…読んだ感想をまとめてみました。
五大将軍綱吉はなぜあれほど不安定なのか?
よしながふみが描く、男女逆転の江戸時代における五代女将軍の綱吉。
物語を読んでいて、非常に不愉快に感じる人物です。
容姿は自分ではコンプレックスがあるようですが、大きなたれ目に厚めの唇、胸もふくよかで、色っぽいと言えます。
で、恋愛に依存するタイプではないのですが、男好き。色好き。気に入った男性がいれば、権力を傘に自分のものにしてしまいます。
忠臣っぽかった牧野の夫や息子を私物化し牧野家を崩壊させても、自分のせいだとわかってもいない悪意のなさには、どこか寒気を感じます。
私にはこの「悪意のなさ」「子どもっぽさ」が、大変に不快に感じられました。
まだ牧野を蹴落とすために綱吉を仕掛けた吉保の方が、理解はできるというか…。
しかし綱吉は子どもっぽいけれども、バカではないんですよね。
物語が進むにつれ、自身が愚将だということを理解していることが描かれます。
綱吉の治世で最も愚策として知られるのが、犬をはじめとした、生き物一般を過度に大切にすることを定めた生類憐みの令です。
この生類憐みの令は、史実でも綱吉の母親・桂昌院が指示したのではないかという説がありますが(現在では定説ではない)、「大奥」でも父親の桂昌院の発案だと描かれます。
綱吉は男好きではありますが、自身を損得なしに愛してくれるのは父親だけだと考えています。
だから「父親に見捨てられたら自分は生きていけない」と思い込み、愚策だとわかっていても父親の意向に従います。
一国の政治を任せるには綱吉はあまりにも精神が不安定で、いわゆるアダルトチルドレンだったのですね。
桂昌院が綱吉にかけた愛情は間違っている?
さて、5代将軍綱吉の心の支えにも枷にもなっている父親の桂昌院。
桂昌院は「大奥」で悪者キャラとして描かれているかというと、そういうわけではありません。
3代将軍家光の物語では、「大奥」の最高級イケメン有功に付き従う、元気で愛嬌のある玉栄として登場します。
貧しい生まれである玉栄は有功より人間世界の汚い部分をわかっていて、復讐のために猫の命を利用する負の面が描かれます。
とはいえ、3代将軍の物語では玉栄に好印象を持つ読者が多いと思われます。
有功が玉栄たちの命を盾に取られて春日局に還俗を迫られる場面で、玉栄が自分の命なんかどうでもよいと声をかける場面などは、「本当にこの子は良い子だな~」と感動します。
しかしその玉栄が…5代将軍綱吉の父・桂昌院として再登場すると、明らかに良い父親とはいえないキャラとなっているのです。
桂昌院は5代将軍綱吉に対する愛情はあります。これはごく自然な父親としての子どもに対する愛情でしょう。
問題は桂昌院が、自分の人生と娘の人生をごっちゃにしているところです。
有功に託された家光の血筋をつなぐため、娘に世継ぎを産めというプレッシャーをかけたり。
自分が若い頃に確執があった勢力から世継ぎを出さないように娘に迫ったり。
親が子どもの人生を支配するいわゆる「毒親」は、現代では問題になっていますが、もしかしたら儒教道徳の強い江戸時代の日本では普通のことだったのかもしれません。
私は40代ですが、生まれ育った九州の田舎の私の親世代には「子どもの人生は親のもの」と思っている人が今でも結構いるんですよ…。
とはいえ毒親から子どもが受ける心理的な影響は、時代が違っても共通する部分があるでしょうから、綱吉があのような情緒不安定な大人に育ったのは、桂昌院にいくらか原因があるでしょう。
桂昌院が娘の綱吉を愛しているということ自体は、間違いないと思います。
しかしその愛は、結局のところ自己愛の延長なのかも…と思います。
「親が我が子を愛するのは自然な感情」とよく言われますが、それが我が子でなければならないならば、その愛は自己愛から派生していると考えるのが妥当です。
子どもへ対する盲目的な愛は自己愛が根底にあるため、桂昌院のように子どもの人生を自分の人生のように支配してしまうことにつながりやすいのかもしれないなあ…。
桂昌院の綱吉への愛や、有功への思い入れがもう少しドライなものだったら、綱吉の人生はもう少し平穏なものだったのかもしれません。
愛さえあれば大丈夫、ではないという教訓だなあ…と思います。
史実としての五大将軍の評価について
さて蛇足になりますが、史実としての5代将軍綱吉は、私が中高生だった1990年代ころでは「愚かな将軍」というのが通説でした。
子ども向けの漫画で描かれた日本の歴史では、「お犬様を大事にしろ!」と言って民衆を苦しめるマザコンのバカ将軍として描かれるのがセオリーでした。
ですが大学で受けた日本史の講義では、5代将軍綱吉の治世はずいぶん見直されつつあると聞きました。
生類憐みの令も、単に「将軍が戌年だから犬を大切にしろ!」という馬鹿げたお触れではなく、当時の「斬り捨て御免」的な殺伐とした雰囲気を平安な世の中へと移行させていくという意味があったとか…。
過去の人物に対する歴史的評価は難しいものがありますが、よしながふみの「大奥」では、綱吉は愚将という説、実はそれなりに才知があったという説、どちらもバランスよく取り入れて描いています。
「大奥」は男女逆転という奇想天外な歴史物語でありながら、こういったところが物語に深みをもたらしていて面白いです!
まとめ
よしながふみの「大奥」は、ようやく7巻まで読みました。
結構じっくり読むのが面白く、サーっと全巻読破って感じにはいきませんが、少しずつ読み進めていこうと思います!
大奥は巻数が多いので電子書籍で読むのもおすすめです!