中島みゆきさんの「空港日誌」の歌詞について考えてみます。
「空港日誌」はどんな歌?
「空港日誌」は中島みゆきさんが作詞作曲し、薬師丸ひろ子さんに提供した楽曲です。
1987年発売の薬師丸ひろ子さんの「星紀行」というアルバムに収録されています。
「空港日誌」は1年後の1988年に、中島みゆきさんが歌ったバージョンが発表されました(シングル「涙-Made in tears-」のカップリング曲として発売)。
実はこの「涙-Made in tears-」も前川清さんに提供した楽曲をセルフカバーしたものです。
「空港日誌」は、薬師丸ひろ子さんの澄んだ歌声によく合いそうな美しいメロディーと、切ない歌詞が特徴で、シングル曲のB面だったにもかかわらず、ファンの間でも人気の高い曲です。
薬師丸ひろ子さんバージョンと中島みゆきさんバージョンでは一部歌詞が違います。
だた、歌詞の内容自体はそれほど違わず、薬師丸さんVer.の方が表現がソフトで、みゆきさんVer.は直接的な表現になっているというような感じです。
このページでは中島みゆきさんバージョンの歌詞をベースに考察していきます。
「空港日誌」がわかりにくいのは曖昧な時制表現のため?
さて「空港日誌」は美しい曲なのですが…結構、歌詞の状況がわかりづらい。
物語の主人公である女性が、広島空港に男性を呼び出し、期待して待っているけど来ない。
この根幹の部分だけはわかるのですが、細かい状況がわかりづらいのです。
このわかりづらさは、「空港日誌」の時制表現があいまいなためではないかと思っています(というか日本語自体が時制あいまいな言語なのですが)。
冒頭の
あなたの心が疲れていた頃へ
もう一度呼び出す 広島空港
この部分も、「あなたの心が疲れていた頃へ」は過去時制なのに、「もう一度呼び出す」は現在時制。
ここはあとで考察してみますが、これだけだと、呼び出しているのが過去なのか現在なのかがわかりづらい。
さらに
あの日にあなたが博多にいたという
愛のアリバイを壊してあげたい
写真ひとつで 幸せはたじろぐ
この部分も、これだけ見ると「愛のアリバイ」は今から壊そうとしていて、そのツールとなる写真を今から撮ろうとしているように思えますが、「今から『あの日』のアリバイを崩す証拠をどうやって作るの?」と疑問に思います。
「空港日誌」のこの時制表現に着目して、歌われているシチュエーションを読み解いていきます!
あなたの心が疲れていた頃「に」ではなく「へ」
まず、冒頭の時制の矛盾を解決してみます。
ここで注意したいのは、「あなたの心が疲れていた頃へ呼び出す」のであって、「あなたの心が疲れていた頃に呼び出す」ではないことです。
私は長らく、「あなたの心が疲れていた頃」と「広島空港に呼び出す」のは時制が同じ出来事として捉えていたのですが、もしかしたらこれがミスリード。
実は「あなたの心が疲れていた頃」と「広島空港」は、どちらも「呼び出す」の目的格なのではないかと。
主人公女性は精神的には「あなたの心が疲れていた頃へ」呼び出していて、物理的には「広島空港」に呼び出している。
精神的な部分をもっとかみ砕くと、相手の男性は以前、心が疲れていた…精神的に参っていた時代があって、その時に広島空港を使って、広島にいる主人公女性に会いに来ていた。
主人公女性は、その昔の状況を再現しようとしているのではないか…ということです。
アリバイを壊す写真は既に送り済み?
…そうすると、「あの日のアリバイを壊す写真」は既に送っていると考えるのが自然です。
あの日にあなたが博多にいたという
愛のアリバイを壊してあげたい
写真ひとつで 幸せはたじろぐ
「壊してあげたい」という感情は現在も継続しているために現在時制ですが、写真自体はもう送りつけている、と。
誰に?というと、男性の現在の恋人…おそらくは妻に。
で、妻に「あの日にあなたの夫は博多でなく私と一緒に広島にいた」という証拠写真を送りつけ、妻に過去の不倫をバラし修羅場→あなたの心が疲れる。
ちなみに「あの日」は呼び出している季節と同じ、12月…クリスマスなのではないかと思います。
クリスマスのような恋人や家族にとっては大事な日に、「あなた」は「博多に出張に行く」とか言って、実は主人公女性に会いに広島に来てたと。
その時に撮影した写真に、そこが広島である証拠と共にクリスマスの飾りが映っていて、アリバイが崩れる…という所でしょうか。
もう一度 むくわれぬ季節があなたに来れば
迷いに抱かれて 戻ってくるかと……
そして「あなた」は「むくわれぬ季節」=あやまっても許してもらえない状況に疲れ果てる。
そこに「次のクリスマスも広島で会おう」と誘ったら、疲れ果てた「あなた」は気の迷いから来てくれるかもしれない。
…こう考えると、しっくりきますね!
「空港日誌」のシチュエーションを整理
私が「空港日誌」のシチュエーションとして考えた仮説を整理してみます。
歌詞になぜ「羽田」が登場するか?
さて、この仮説で何となくしっくりくるかな…という空港日誌なのですが、最後に謎のフレーズが。
羽田へと向かう道にさえ乗っていない
そんなこと 百もわかりきってるけど、でも
「乗っていない」の主語は「あなた」だと思いますが…羽田へと向かう道…?
このフレーズは、広島空港に呼び出した「あなた」が、羽田への便に乗っていないってどういうこと?と不思議だったのですが…もしかしたらもっとシンプルなことなのかなと思いました。
「羽田へと向かう道」は空路でなく陸路で、東京へ住む「あなた」は広島空港へ行くための出発点、羽田空港に「さえ」向かっていない。
…どういうことかというと、キーとなるのはこの2つのフレーズではないでしょうか。
風が強くて YSは降りない
今日も風は 飛行機を追い返す
主人公女性が「あなた」が乗ってくると踏んでいる東京→広島行きのYS便は、強風のために着陸できない、もしくは欠航になる日が続いている、と。
だから主人公女性は、「あなた」は風のせいで広島に来れないだけなのだと思い込みたいのではないのでしょうか。
ですが、実際には「あなた」は広島に来る気などなく羽田にすら向かっていない。
風のせいではなく、そもそも「あなた」は広島に来ようとしていない…そんなことは本当はわかっている。
そういう切ない意味なのかな、と思います。
また「空港日誌」の歌詞には、「風」「YS」「ゲート」「乗客」「飛行機」「グランドスチュワーデス」…などと、「空港」に関する縁語のようなものが散りばめられていています。
「羽田」もその意味で歌詞に盛り込んだ、という面もあるかもしれません。
「空港日誌」は曲のイメージも「空港」「飛行機」によく合っていると感じます。サビに入る前の「今夜の」という部分は、空港の呼び出し音に似ているんですよね。
ジワッとコワイこのフレーズ
私が空港日誌で一番好きな歌詞はココです。
写真ひとつで 幸せはたじろぐ
安い女と嘲笑うがいいわ
…何で好きかって…何か好きなんですよね。
この「嘲笑うがいいわ」というセリフは、「あなた」に向けられているのか、「あなたの妻」に向けられているのかはわかりませんが、幸せに生きている人たちへ向けた、孤独な人からの挑発的なフレーズであることは間違いないでしょう。
「私のことを軽く見ているかもしれないけど、あなたたちの幸せを少したじろがせることくらいはできる」という挑発。
また「安い女」という表現から、自分のささいな幸せのために、他者を不幸にするような罠を仕掛けることが、レベルの低い行為であることを自覚していることが伺えます。
幸せな時間は簡単に動揺すること、軽く見ていた相手から攻撃を受ける怖さ、他者の不幸を望む低次元さとそれを自覚することの虚しさ…この短いフレーズは、いろいろ詰め込まれています。
もしかして嘲笑っているのは、相手の男性や妻だけでなく、自分自身でも自嘲しているのかもしれません。
曲調が美しいだけに、ジワっと怖いフレーズです。
まとめ
「空港日誌」の歌詞についての考察でした。
「空港日誌」は30年以上前の歌なので、尋ねた名前の人が搭乗しているかを教えてもらえるというのが時代を感じますね。今は個人情報の問題があって無理でしょう。
古い時代の歌ではありますが、美しい旋律と結構コワイ内容、また青空のようにのびやかに歌う中島みゆきさんの声が合わさった、隠れた名曲だなあと思います。
「空港日誌」は、中島みゆきさんのシングルを集めたアルバム「Singles II」で聴くこともできます。