手塚治虫の「火の鳥」シリーズを再読しています!
本日は2巻目にあたる「未来編」を読んだ感想・レビューです。
火の鳥・未来編はどんなあらすじ?
「火の鳥」は地球の雄大な年代記のような物語です。
1巻目黎明編が「人類史のあけぼの」ですが、何と2巻目未来編は「人類滅亡」のお話。
巻はまだまだ続いて行くのに、1巻で始まった人類の歴史が2巻で終わってしまう!
火の鳥は1巻目「黎明編」が1番古い時代、2巻目「未来編」が1番新しい時代、3巻目が2番目に古い時代、4巻目が2番目に新しい時代…と、過去と未来が交互に描かれ、巻が進むにつれて現在に近づいていくというユニークな形になっています。
個人的にはこの「未来編」は一番好きな巻です。
時間軸としては「火の鳥」の歴史の最終話となっているので、「火の鳥」とは何なのか?生命とは何なのか?という、「火の鳥」の核心に一番迫る物語となっています。
その壮大なスケールは圧巻で、手塚作品の中でも手塚治虫の凄みを最も感じる作品だと感じます。
…これ以上書くとネタバレになってしまいますね。「ネタバレOK」という方は、このまま次の見出しまでお進みください。
「ネタバレNG」という方はこの先は読まないでね!
人工知能に政策を委ねる未来が何だかリアル…
未来編は、西暦3404年のお話です。35世紀…約1500年後の世界ですね。
「火の鳥」の物語では人間の文明は25世紀にピークを迎え、その後、なぜだか衰退していきます。
「火の鳥」では人類というより地球全体が老化し、地上は荒れ果てて住める場所ではなくなり、小動物だけが辛うじて生き残り、人類は地下に人工都市メガロポリスを築いて逃げ込みます。
その人工都市での政策決定は電子頭脳に委ねられています。
AIの時代を生きる我々には他人事ではない話ですよね。まだAIが現実化していない時代にこの話を書いた手塚治虫の発想力はスゴイ…。
ちょっと面白いのが、電子頭脳は女性口調でしゃべり、「偉大な母」などと呼ばれていることです。
まるで太古の地母神のようで、人工都市、電子頭脳…となっても、人間にどこか宗教的な部分が残っているのが印象的です。
人工都市でのエリートたちは、電子頭脳が精子と卵子を選んで人工授精で生まれているので、「母」と呼びたくなるのでしょうけどね…。
そして、電子頭脳の意向によって生まれたエリートたちが、電子頭脳の決定を絶対的なものとして受け入れてしまう気持ちもわかります。
人工頭脳の決定を否定することは、自分の誕生を否定することになりますからね。
最大の謎…なぜ全てのメガロポリスは滅んだのか?
さて…未来編でなぜ人類が滅亡するかというと、電子頭脳が「戦争」を計算ではじき出すためです。
5つ残ったメガロポリス(地下都市)の中で、ヤマトとレングードが、亡命者マサトと宇宙生物ムーピーをめぐって対立し、人工頭脳どうしが直接話しあいます。
しかし、話し合いは平行線に終わり、「戦争」という結論をどちらの電子頭脳も出します。
「たかが一人の亡命者で戦争!?」と思いますが、人工頭脳の融通が利かない部分として描かれているのでしょう。
人間の指導者なら戦争だけは回避するために、お互いに妥協策を模索するところでしょうね。
さて、ではヤマトとレングードの2つの都市が核爆発で消滅し、残りは3都市…と思うところですが、なぜかヤマトとレングードの爆発に合わせて、残り3つの都市も爆発してしまうのです。
これには未来編の登場人物も「!?」と驚くのですが、なぜ残りの都市まで消滅してしまったのか、作中では答えが描かれません。末来編最大の謎です。
答えは手塚治虫さんのみ知るのでしょうが…思いつく限り可能性を挙げてみました。
1.ヤマトかレングードどちらかの機械的ミスで全ての都市に爆弾を仕掛けてしまった
2.ヤマトかレングードどちらかの電子頭脳が、電子頭脳どうしの対立はこの文明の限界を示していると考え、文明そのものの消滅を図り、全ての都市に爆弾を仕掛けた
3.他の全ての都市の電子頭脳がヤマトとレングードの対立を察知しどちらか側につき、人間のあずかり知らない人工頭脳内で世界大戦が決定していた
4.他の全ての都市の電子頭脳がヤマトとレングードの戦争を知り、2つの都市が核爆発で消滅した後の地球では、他の都市も生き残れないと考え自爆した
…これしか考えつかないなあ…。
いずれにせよ、電子頭脳に判断をゆだねた時点で「ブラックボックス」=なぜその考えに行きついたかわからない…ことになるわけですね。
この末来編における人類滅亡は、手塚治虫の強烈な未来へのメッセージだと感じます。
「人間が自分の頭で考えろ!」…ってヤツですね。
マサトはなぜ生き延びたのか?
さて、人類滅亡からの未来篇のストーリーは圧巻ですね。
世界戦争の前にメガロポリス・ヤマトから、猿田博士の地上ドームに逃げ込んだ山之辺マサトは、火の鳥によって不死の体を与えられ、地球の復活を見守るようにと使命を与えられます。
「マサトに断る権利はないの?」と突っ込みたくなりますけどね。
人類が滅び放射能が地球を覆った後、気が遠くなるほどの時間が過ぎていきます。
全ての動物が死に絶え、最後の生物となったマサトは、猿田博士の実験室を使い、人工的に生物を作ろうとしますがうまくいきません。
結局マサトができたことは、自然に生物が発生し進化していくことを膨大な時間をかけて見守ることだけ。
自然な生物発生に地球の復活を委ねるのであれば、「マサトが生き残る必要はなかったのでは?」と思ってしまいます。
火の鳥はどうしてマサトを生き残らせたのか?
マサトに人類の代表として生命の神秘を教えるため?
それとも地球を滅ぼした人類の業をマサトに「果てしない孤独」という罰で背負わせるため?(キリストの贖罪みたいに)
それともマサトがナメクジに天上から話しかけたように、間違った方向に進んでいる知的生命体に啓示を与える神のような存在が必要だから?
どれが答えなのかわかりませんが、マサトの苗字の「山之辺」が、日本最古の道と言われる「山の辺の道」と同じなのが興味深いですね。
末来編の最後は、生物が進化し、ついに人間が生まれ、そして何と黎明編(1巻)に登場する人物が出てくるのです。
絶滅から復活への道をつなぐ役割として、「山之辺」という苗字が使われているように思います。
末来編に描かれる壮大な生命・歴史観
末来編には、「火の鳥」の大きな核となる生命観が描かれます。
火の鳥がマサトに生命について教える場面がありますが、マクロな宇宙と、ミクロな素粒子、すべてが宇宙生命(コスモゾーン)を形作っているという神秘的な部分があります。
そういえば、太陽を中心に惑星が回っている太陽系と、核の周りをイオンが回っている原子の形って似ているんですよね。
手塚治虫はそこに着目して、小さな系(A)が寄せ集まって少し大きな系(B)を作り、さらにそのBが集まってもっと大きな系(C)を作り…と、全体として宇宙生命(コスモゾーン)を作っているという生命観を立てます。
「私も宇宙の一部」ということですね。
また、火の鳥の時間軸では最後の物語となる末来編が、最初の物語である黎明編につながっていくことで、地球の歴史が円環することを示唆しています。
「それでは地球の歴史は繰り返すだけで、どこにも出口はないの?」と思っていますが、火の鳥は未来編の最後でこうモノローグします。
今度こそ信じたい。今度の人類こそきっとどこかで間違いに気がついて……命を正しく使ってくれるようになるだろう
歴史は繰り返すけど、完全に同じ物語ではなく、輪廻から抜け出す方法はあることを示しています。
中島みゆきの「命の別名」という歌に、「くり返すあやまちを照らす灯をかざせ」というフレーズがありますが、火の鳥はその「照らす灯」のような存在なのでしょうね。
まとめ
「火の鳥・未来編」を読んだ感想でした。
火の鳥の中でもひときわ壮大なスケールの物語です。
非常に哲学的な内容ですが、物語全体は堅苦しくも小難しくもなく、頭にすんなり入ってくるのはさすが漫画の神様・手塚治虫の本領発揮というところでしょう。
1巻目の黎明編を読まなくても、物語自体は普通に読み進められるので、「未来編だけ読んでみたい」という方は、いきなり末来編から読んでも大丈夫ですよ!