手塚治虫ファンの私ですが、最も好きな手塚作品のひとつが「火の鳥」です。
火の鳥は「黎明編」「未来編」「ヤマト編」…と、全部で11の物語で構成されています。
その中で、「望郷編」は実はもともと全然違うお話として設定されていた…ということを最近になって知りました。
その「もう一つの望郷編」は、さわりの部分だけ作品化されていて、実際に読むことができます。
気になってさっそく読んでみたので、感想を書いてみます!
「幻の望郷編」って何?なぜ存在するの?
現在読める「火の鳥・望郷編」は、ロミという女性がエデンという星の歴史を作り上げていく物語で、ロミが故郷の地球に帰るまでを描くお話です。
しかし実は「望郷編」には、まったく違うお話として57ページ分だけ発表された別バージョンがあるのです。
この別バージョンの「望郷編」、いわゆる「幻の望郷編」は、ロミが活躍する「望郷編」よりも5年前の1971年に描かれています。
「幻の望郷編」は、「COM」というコミック雑誌で連載がはじまったのですが、わずか2話を描いた段階で、「COM」が休刊になってしまい、「幻の望郷編」は中断してしまいます。
1976年に手塚治虫は「月刊マンガ少年」という別の雑誌で「火の鳥・望郷編」の連載を再開するのですが、中断して5年も経ったためか、まったく別の物語として物語の最初から書き直したようです。
この描き直された「望郷編」が、現在私たちが普通に「望郷編」として読むロミの物語です。
「COM」が休刊しなかったらロミは存在していなかったかもしれないんだな…。
「幻の望郷編」のザックリとしたあらすじ
「幻の望郷編」は、角川文庫の火の鳥シリーズの別巻に収録されていて、手軽に読むことができます。
わずか57ページしか描かれていませんし、中途半端なところで終わっていますが、なかなか濃い内容です。
城之内博士という人物が、堕落した地球を見限り、新しい星でクローン技術を駆使して、自分の描く理想郷を作ろうとします。
しかし、その理想郷で核戦争が勃発します。博士の娘の時子は、次元移動装置スワープを使いこの戦禍から逃げてしまいます。
核戦争から10年後、自身もおそらく戦争で片足を失った城之内博士のもとに、いかにも悪役って感じのオーヴァードが訪ねてきます。
オーヴァードは技術者として博士の理想郷作りを手伝った人物ですが、博士はひどく嫌っていて追い返そうとします。
そこに過去の世界から時子が戻ってきてしまいます。
時子は記憶を失った様子でぼんやりとしているうえに、変わった姿の赤ちゃんを抱いています。
次元移動装置スワープをめぐって博士とオーヴァードはもみあいになりますが、オーヴァードは博士を撃ち殺してしまいます。
オーヴァードは赤ちゃんを池に投げ捨て、時子を連れ(時子は美人でオーヴァードは昔から思いを寄せていた)スワープに乗って地球へと旅立ちます。
池に投げ捨てられた赤ちゃんは動物たちに命を救われ、コムと呼ばれるようになり、人間がいなくなった星で育っていきます。
その様子を火の鳥は見守っていますが、ある日コムから「オトキってなあに?」と問いかけられます。
…幻の望郷編で描かれるのは、ここまでです。
「幻の望郷編」の登場人物について
「幻の望郷編」の主要な登場人物は…
…こんな感じですが、描き直された「望郷編」にも登場してくるのはコムだけです。
コムは外見が同じだけで設定は違う
「望郷編」と「幻の望郷編」では、コムの外見はほぼ同じですが設定が違います。
描き直された「望郷編」のコムはムーピーという宇宙人と地球人の混血ですが、「幻の望郷編」のコムには宇宙人の血は入っていません。
「幻の望郷編」に出てくるコムにもアンテナがあり、普通の人間と異なった姿をしていますが、その理由は角川文庫版で読む限りは不明です。
ですが「幻の望郷編」は核戦争の後の世界であり、コムが不思議な姿をしているのは母親の時子が放射能の影響を受けているからだというのが定説のようです。
「コム」という名前は休刊した雑誌「COM」から来ているのかもしれませんね。
時子は羽衣編の「おとき」だった!
「幻の望郷編」に出てくる城之内博士の娘・時子…時子って…羽衣編の「おとき」と顔がソックリじゃないですか!
羽衣編は平安時代が舞台で、未来から戦禍を逃れてワープしてきた「おとき」という女性が出てきますが、この「おとき」の物語が望郷編でもともと描かれる予定だったんですね。
ということは…羽衣編でおときはズクとの間にもうけた赤ちゃんを連れて未来に帰りますが、その赤ちゃんがコム…ということになります。
いや、おかしいですね。羽衣編でおときが産んだのは女の子だったはず…
このあたりの「ん?」という矛盾については、あとでまとめます!
城之内博士と宇宙編の城之内は関係ある?
さて、もう一人気になる人物は城之内博士。
「城之内」という名前は、火の鳥ファンにピンとくるかもしれませんが、宇宙編で漂流する宇宙船の隊長だったのが城之内ですね。
しかも城之内博士と宇宙編の城之内隊長は、眉が太くて骨格がしっかりした顔がよく似ています。
宇宙編は望郷編より2~300年ほど未来の物語で、もしこの二人の城之内に関連性があるとしても親子とか祖父・孫ほど近い関係ではないでしょう。
宇宙編での城之内隊長は、とばっちりに近い気の毒な運命をたどります。
もしかしたら城之内隊長が受ける理不尽な仕打ちについて、幻の望郷編で何か解き明かされる予定でもあったのかもしれません。
今となってはわからないことですね…。
実は羽衣編も違うバージョンが存在するらしい
火の鳥を全編読んだあとに「幻の望郷編」を読むと、「あれっ?」と思うのがおとき=時子の設定です。
羽衣編で「おとき」は自分を孤児だと言い、タイムスリップはスワープではなく火の鳥の力だと言っていた…。産んだ赤ちゃんも女の子だったはず…。
実はもともとの羽衣編は「幻の望郷編」ともっとリンクしたお話だったそうです。
ですが、「幻の望郷編」が途中で終わってしまい、新しい全く違うストーリーとしての望郷編が描かれたことで、羽衣編もいくつかのセリフや設定が改変されたのだそうです。
もともとの羽衣編ではおときは男の子を生んでいて、「孤児だった」とか「火の鳥の力を借りてタイムスリップした」というセリフはないのだとか。
残念ながらもとの羽衣編が収録されている書籍は少なく、私が知っている限りでは、復刊ドットコムが出している「オリジナル版」という、価格的にも流通的にも入手しにくいものでないと読めないようです。
まとめ
「幻の望郷編」と言われるCOM版を読むことができたので、いろいろまとめてみました。
COM版の望郷編がそのまま描かれていたら…どうなっていたでしょうね。
COM版望郷編では、なぜか城之内博士やオーヴァードに、手当たり次第に襲ってくるセリフのない男たちが描かれます。
あれはもしかしたら戦争時代の名残であり、生物兵器としてのクローン人間なのかな?と考えます。
COM版望郷編がそのまま描かれていても、かなり深い物語になっていたでしょうが、現在の望郷編も主人公ロミの強い生きざまがカッコイイので、望郷編は描き直してよかったのかもな~とも思います。
「幻の望郷編」は角川文庫の火の鳥シリーズ別巻で読めます。