私が『幽遊白書』がグッと面白くなると感じるのは、暗黒武術会の後半。
具体的には、魔性使いチームとの戦いからです。
魔性使いTとの戦いは、飛影と幻海(覆面戦士)が大会本部の陰謀で出場不可になり、前半は蔵馬が奮闘します。
イケメン蔵馬は、ここまで引き立て役のような敵と戦うことが多かったのですが、魔性使いTとの戦いでは相手と対話する姿が目を惹きます。
で、その対話が…よく読むと考えさせられるんですよねえ…。
そんなわけでこの記事では、蔵馬と魔性Tとの戦い、とりわけ2戦目の凍矢との戦いでの対話について考察してみます!
蔵馬ははじめから魔性使いTに対して好意的?
主人公グループで唯一頭脳派の蔵馬ですが、暗黒武術会らへんの戦いでは結構甘さがみられます。
魔性使いTとの戦いでも、先鋒として出てきた化粧使い・画魔に、10分ほど妖気を封じこめる呪縛をかけられてしまいます。
蔵馬は画魔に大きなダメージを与えますが、画魔は事実上勝負が決まった後も戦いを放棄しません。
そんな画魔に対し、蔵馬は
ムダ死にはよせ キミは死ぬには惜しい使い手だ
…と、蔵馬らしい品のよい言葉をかけます。
しかし、攻撃をやめない画魔に対し、
よせ!!ムリに動けば本当に死ぬぞ
…とまで言う蔵馬。
蔵馬はとまどいと憐みがこもったような微妙な表情で、画魔の力のない攻撃を茫然とやり過ごしますが、実はこの時に呪縛をかけられていたと。
ここは蔵馬の人間味と甘さが出た場面だと感じますが、しかし、瀕死の画魔を見ている時の蔵馬の表情は印象的です。
画魔の言動に対し蔵馬は好意的であることは確かです。それが画魔本人に対してか、魔忍という存在に対してかはわからないですけどね。
なぜ蔵馬は戦いの目的を尋ねたのか?
「10分間妖気を使えない」という状況の蔵馬の前に、次鋒として登場したのが呪氷使い・凍矢です。
蔵馬はいきなり、凍矢に質問をします。
ひとつ教えてくれ なぜ最強の忍とよばれるキミ達がこの戦いに参加したんだ?
この質問…蔵馬はなぜ問いかけたんでしょうね?
アニメでは明確に「『10分間』の時間稼ぎをするため」と解釈されていました。
もちろんそれもあるのでしょうが、蔵馬は幽助に「できる限り奴らの手の内を暴いてみる」と言ってあるので、相手の戦い方を探る作業の一環だとも考えられます。
また、画魔と戦っている時の蔵馬の表情を見ると、蔵馬自身が純粋に「なぜ魔忍がこんな俗っぽい戦いに出場したのか?」という疑問を抱いているようにも感じられます。
凍矢の回答の意外性
さて10分しか時間がないのだから、凍矢は蔵馬の問いを無視すればよいのに、少しの沈黙の後、律義に答えます。
………光さ。闇の世界のさらに影を生きるオレ達には一片の光もない。だが気付いたのさ。オレたちの力があればいくらでも表の世界を生きられるとな……
とても抽象的な答えですが、具体的には、暗黒武術会が行われている島を所望すると言います。陣も同じことを言っていたので、チーム全体の望みなのでしょう。
しかし…あまり大きくもなく辺鄙な場所にありそうなこの島が望みって…。
巨額の黒い富が渦巻く暗黒武術会のごほうびにしては、意外というか、どことなくピュアに感じますね。
この回答を見て、「魔性使いTは悪い連中ではないのかも…」と感じた読者は多いでしょう(実際には悪いヤツもいたけど)。
おそらく蔵馬も同じように感じたんじゃないかと思います。そしてこの問答は、最後の蔵馬の問いかけにつながっていきます。
飛影はそんなことより「問題はいかに奴等を倒すか」だと考えるあたりが、彼らしいですけどね。
会話は勝つためのヒントを得るため?
蔵馬は戦いの最中、相手と問答することが多いです。
これは体育会系でない蔵馬の個性なのかもしれませんが、相手との会話を通じて勝つヒントを導き出しているように感じます。
実際に凍矢との戦いで、奥の手として自分の体にシマネキ草を植えることを思いついたのは、凍矢の「お前の妖気は外に出せない」という言葉がきっかけです。
ちなみに冨樫先生の幽白より後の作品『HUNTER×HUNTER』では、戦いがより頭脳戦っぽくなり、キャラクターたちは自分の能力についてあまり語らないです。
敵に自分の能力を知られることは命取りになりますからね。
幽白で、特に敵方のキャラクターが自分たちの能力について饒舌に語ることがあるのは、幽白がハンターほどは頭脳バトル漫画でないということもあるのでしょう。
ただ、幽白の主人公サイドのグループの蔵馬以外の3人は、敵とそれほど会話を交わしません。
そう考えると、蔵馬が積極的に敵と会話を交わすのは、蔵馬自身が頭脳戦をする人物なので、「敵の情報を少しでも得たい」という気持ちがあるのかもしれないです。
蔵馬の最後の質問の意味は?
さて、蔵馬は「自分の体にシマネキ草を植えて武器にする」という奥の手を思いつき、勝利を確信します。
勝利を確信した蔵馬は、ここで不思議な質問をします。
もうひとつだけ聞きたい
表の世界で何をする?
最初の質問と関係はありますが、戦いとは何の関係もない質問です。
この質問にも、またもや凍矢は律義に答えます。
………わからない まずは光だ
蔵馬はこの問答の途中で、シマネキ草の種を左腕に仕込んだような動きを見せています。
蔵馬は種を植える動作に気づかれないために凍矢の気を逸らす質問をしたのでしょう。
しかも最初の質問「なぜこの戦いに参加した?」に、時間が惜しいはずの凍矢が答えたので、「この話題なら必ず乗ってくる」という確信があって振った質問だと考えられます。
蔵馬、恐るべし…。
そして、私にはこの質問にはもうひとつ意味があったように思います。
相手に勝つ方法は思いついた。では、相手に致命傷を与えるか?それとも命は助けるか?…それはこの質問の回答次第だ…と。
ある意味さらに蔵馬を恐ろしく感じる…
凍矢の最初の沈黙…これ、何でもないようで、実は深いように感じます。
彼は光あふれる表の世界についてまったく知らないため、「何をする?」と聞かれても、本当に何も頭に浮かばないのではないか。
そこで正直に「わからない」と答える。
「魔忍の反乱」と言いながら、忍びの風習にのっとって自身の命を仲間の勝利のために捨てた画魔といい、魔性使いTの前半戦に出てきた二人は、どこかピュアで切ないんですよね。
そして蔵馬は、画魔は自ら死を選んでしまったが、凍矢の命は助ける決断をしたのだと思います。
あのギリギリの状態で、相手を死に至らせない程度の攻撃で、確実に自分が勝つ…そんな離れ業をやってのける蔵馬。本当に恐いです。敵に回したくない~!
「光の後に求める」の意味は?
さて、蔵馬対凍矢のクライマックスは、実は勝負がついてからですね。
負けを認め、とどめを刺すように促す凍矢に対し、蔵馬は短く「断る」と告げます。
「断る」と言われた時、それまで文字通り氷のような表情をしていた凍矢に、初めて驚いたような感情が浮かぶ、ここの絵も印象的なんですよね。
そして蔵馬は「断る」理由をつけ加えます。
キミ達が光の後に求めているものを知りたい……
このセリフは…結構むずかしいですね。
蔵馬が純粋に「知りたい」と思っているわけではないように思います。
もし本当に「武術会優勝後に光を手に入れ、その後に求めているものを知りたい」だったら、魔性使いTの勝ちを願うことになってしまいますからね。
たぶんコレは…人間に憑依し、人間の世界=光を知った蔵馬だからこそ発した言葉なのではないかと思います。
蔵馬は、画魔や凍矢の姿を見て「キミ達はもう既に光を得ている」と言いたかったんじゃないのかな。
光とは暗黒武術会で優勝して得られるものではなく、妖怪でも人間のような心を持つことでじゅうぶんに得ることができる。
「キミ達は既に光の中にいる。だから死ぬことではなく、これから光の中で生きることを考えた方がよい。そしてキミ達はそれに値するだけの存在だろう」。
蔵馬はこう言いたかったのではないですかね。
ちょっと深読みすぎるかな?という気もしますが、冨樫作品の醍醐味は深読みだと思っているのでOKでしょう!
まとめ
幽遊白書でも最も好きなシーンのひとつ、魔性使いT戦の前半について考察してみました。
魔性使いT戦は、画魔と凍矢、蔵馬が、静かで深い雰囲気を作り出したところで、それを台無しにする爆拳さんが登場します。
そのダメダメな空気を陣がさわやかな風で一掃して、最後は桑原のギャグで締める…という。
「静かで深い」では終わらない、少年漫画っぽさが幽白の魅力のひとつでもありますね。
蔵馬と画魔・凍矢の一戦が収録されているのは、ジャンプコミックス版だと8巻です。